理念・設立経緯

■ 理念


 広島支部の発足にあたって、支部を運営していく上での基本的な理念と方策として次のようなことを考えました。1998年半ばのことです。まず、学会の役員というものは、価値のある新しいサービスを会員に提供しようとするボランティアなのですから、これを名誉職だと思い込んでいる人たちが選ばれることがないような仕組みが必要です。

 次に、多くの方々にフェローになっていただいて地域の学術基盤が高まるように、会員各人が主体的に手続きを進められることをお勧めします。ローカルな組織が候補の選定に関与することは好ましくありません。

 そして最後には、
「自分達のシンポジウム」を自分達で自主的に企画運営することを、次の世代を担う学生諸子に体験していただくことです。ボランティアの方々のご努力により、これらのことについて、さらにはその枠を超えて、これから多くの成果が目に見えるようになるだろうと思います。



市川忠男(初代支部長
(1999〜2000年度))


■ 設立経緯 「地方という名の国際性」


 「世界のどこが中央なのか」と聞かれたら困ってしまいます。学問や芸術、あるいは政治など、少なくとも分野によって違ってくるでしょう。ところが、「日本の中央はどこか」ということでしたら答えは明白です。そこでは、ほとんどすべての分野が統括されています。だからそこが中央です。中央があれば、それ以外の地域はおしなべて地方と呼ばれることになります。

 私は、25年前に東京から広島に移ったとき
「東京に目を向けても箱根の山にさえぎられてその先が見えないから、海の方を見ましょう。ロサンゼルスが見えてきますよ」と、同僚や学生さん達に言っていました。正直いって、そこに見えたのは宮島だったのですが。いずれにしても、その結果、論文などはロサンゼルスなどと共通の地方語で書かれることが多くなりました。ヨーロッパの人たちも同じ地方語を使っているようです。このような地方語は国際語と呼ばれています。

 その地方都市広島にIEEEの支部が生まれました。1999年のことです。「いや、東京支部が行政区分に対応した8つの地域に発展的に分割されたのだ」と言われることでしょうが、そのような概念は地方語の世界に馴染みません。とりあえずは中国地区のその他の都市のかたがたも広島支部のメンバーとしてお付き合いいただいていますが、やがては岡山支部、山口支部、鳥取支部、島根支部などが新たに生まれることでしょう。

 このような見方で広島支部を構想してみました。これからは、中国地区の外(国外も含めて)におられる方々も会員となっていただけるような、
「地方という名の国際性」を生かした魅力的な活動が展開されることを願っています。

 終わりに、広島支部の発足に向けてご尽力いただいた雛元孝夫氏、ならびに、発足後の支部諸活動の立ち上げに際してご助力くださった粟井郁雄、三浦道子、角田良明の各氏に感謝します。

市川忠男(初代支部長(1999〜2000年度))